1560年にコジモ1世により、ヴァザーリが行政事務所として建設したもの。メディチ家の絵画コレクションをトスカーナ大公国に寄贈したのがはじまりで17世紀に美術館としてオープンした。ボッティチェッリの作品をはじめ、ルネッサンス巨匠の素晴しい傑作が多数所蔵されている。歴代順に並べられた12世紀~18世紀のルネッサンス絵画のほか、古代彫刻や貴重なデッサンや印刷物など約2000点が公開されている。展示室は3階にあり、途中カフェも利用しながらでゆっくりと鑑賞しよう。
金銀細工士をえて、フィリッポ・リッピの弟子となり聖母や天使などの絵画を学んだ。繊細なラインで描いた彼の絵画の才能はすぐに開花し、ここにその多くの傑作がこの美術館に所蔵されている。
1482年にロレンツオ・ディ・ピエールフランチェスコ・デ・メディチに依頼、作成された。左グループ3人の女性は「愛」、「貞操」、「美」を表し中央のヴィーナスは人間の象徴である。左端はメルクリウス、右端が風の神ゼフュロス、その隣が大地の神クロリス。
14世紀後半に制作され、フィレンツェの画家の卓越した美的センスをもって描かれ、理想的な女性美をあらわしている。風の神ゼフィロの愛情の風に包まれたヴィーナスの女性的なしなやかなしぐさがよく表現されている。
ウルビーノ出身の画家。父親を画家に持ち小さいうちから絵画を学びフィレンツェ、ローマでその才能をダ・ヴィンチやミケランジェロらと共に見出す。多くの愛人をモデルとした彼の作品の裏には、後に過度な恋愛関係が彼の短い生涯の原因といわれている。
聖母の愛情深い表情はダ・ヴィンチの影響を受けている。聖ヨハネがキリストにヒワを差し出すしぐさは伝統的なキリストの情熱のシンボル。
貧しい環境に育ち孤児だった彼は、僧侶をしながらマザッチョやマゾリーノのフレスコ画をみながら絵画を学んだ。次第にメディチ家のいくつかのモニュメントにも携わり素晴しいフレスコ画を残した。ヴァザーリの伝記によるとマザッチョの魂がフィリッポに入り込んだといわれている。
パールやヴェールなどで着飾った聖母はエレガントで洗練されて描かれており、聖母のおだやかでやさしい表情が美しい絵画。
気荒な性格だった彼は波乱な画家人生を送った。美しい静物画を多数制作した後、ローマ卿枢教に才能を認められ多くの委託を受ける。論争中に起こった殺人者として南部へ逃げるが、死刑執行の無効はトスカーナのエルコレ港で高熱にかかりその浜で生涯を閉じた後に決められた。
15世紀後半コジモ2世の結婚の祝い品として制作された。事実大公はアルコールを飲まない人物だったとか。お酒でほろ酔いしたモデルのうつろな視線がよく表現されている。
2つの同作品が制作されフェルナンド・デ・メディチ1世に描かれたものがここに展示してある。ヴァザーリによると、ダ・ヴィンチも同じテーマで取りかかったとか。盛り上がった板に描かれた絵は決してその欠点を見せず、逆にゴルゴンの蛇の鬣が鑑賞者に印象を持たせているところが画家のテクニックでもある。
彫刻家、画家として偉大な作品を残したルネッサンス代表の巨匠の一人。”ダヴィデ”やヴァチカン美術館のシスティーナ礼拝堂内の”最後の審判”と”アダムの創造”、サン・ピエトロ聖堂内の”ピエタ”など彼の大傑作は数知れない。
富豪の銀行家アニョーロ・ドーニからストロッツィ家系のマッダレーナとの婚姻のために15世紀に委託されたもの。ミケランジェロが唯一制作した額入れの絵画であり、色石で装飾された豪華な木製の額も彼自身のデザインだという。
ルネッサンスのマルチタレントの天才巨匠。画家、彫刻家としてはいうまでもなく、発明家、解剖学者、科学者、エンジニアなどとして彼の残した傑作品は世界中に浸透されている。ミラノにあるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会内の巨大フレスコ画”最後の晩餐”をはじめ、パリのルーブル美術館にある”モナリザ”など、美しい風景画をバックにデッサンや絵画に描かれた、聖母の穏やかな表情と心境を引きだし、独特な雰囲気を醸し出せるのは彼だけだろう。
14世紀後半に制作されフィレンツェで描かれた初期の作品。花が咲いた草原に舞い降りた天使が聖母に受胎告知を言い渡しているシーン。聖母は左手を上げ承知したことを促している。一方聖母の右腕は標準より比較的長めに描かれているとか。
ヴェネツィア出身。小さいうちから才能を見出し、色彩と光を見事に駆使した技法で描く。しなやかな女性の肉体美を優雅に表現した数々の作品をはじめ晩年の作品まで見ごたえがある。
15世紀にウルビーノ公から委託された絵画。裸婦の美しく繊細なラインがとてもしなやかに描かれている。右手の彼の愛犬は作品内にしばしば登場する。
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